暖炉の炎がはぜた。
いちいちこんなことが気になるのはきっといらいらしているのだろう。
薄汚れた壁に掛かった薄汚れた時計を見る。もう日が沈んでから長い。
気になり出すと時計の振り子の音が煩い。気にしなければ全く気にならないけれども。
しばらく時計の音に耳を傾けてみたが、すぐに飽きて別のことを考え出した。
今日既に来ているはずの客とのことについてである。
油をさすのを怠った煩い扉が無粋に開いた。寒い風が吹き込んでくる。
「やあ、ごめん、遅くなった」
私の唯一無二の友であり論敵であるレングルトだ。私に劣らず勝らずの変わり者である。
「今日は一段と吹雪くなあ。前が全然見えない。樽にぶつかってこけておばはんに怒られるわ牛に腕突かれるわろくなことがない。ここはさすがに安全だろうな。そこの窓を牛が突いて吹雪が舞い込んで椅子が見えなくなってつまずいたり。ああもう勘弁だ」
レングルトは雪を払ってコートと帽子を椅子の背もたれにかけつつ言った。私は切り出しようがなくてもう少ししゃべらせておくことにした。
「そもそもこんな日に出歩くのが可笑しいんだな。今日はさすがに本部も開店休業だ。まあ仕事しないでのんびり勉強できる日なんてそうそうないからな」
本部とは、彼の働いている魔術師連本部のことである。他の町の魔術師連と連絡をとる仕事をしていたはずだ。空間を繋ぐ術は上手いのを買われてであったか。
「何してたんだ?」
「この前貸してくれた例の火の実験の報告書見たりな。さすがに借りたのに読んでないのは拙いし。たしかにあれは面白い結果だな」
いろいろ突っ込みたかったが話が進んでしまった。
「瓶に木の切れ端を燃やして入れて蓋をしておくと火は消える。瓶の中に木の切れ端を入れて炎の魔術で燃やした場合やっぱりすぐ消えたり燃え続けても術者が魔力を使い果たしてぶっ倒れる。まあよく瓶の中で魔術を発動させようなんてできるものだが。俺はやってみようとしたが無理だった」
そう言って彼はあはははと笑った。確かにこの実験はどうしても見た目瓶から手が抜けなくなって抜こうとしてぶんぶん手を振り回してるお笑いみたいなものだった。
「で唯一火を燃え続けさせて倒れた張本人がお前なんだな」
「そうだよ。おかげで何日休んだか」
「ははは、馬鹿だ。さすが炎の術の大家のウィルだ」
大家、なんてのはまあいい皮肉である。私は得意ではあるがそこまですごくはない。
「さてレン。お前この結果どう思う」
「さあな。どの説も積極的に肯定も否定もしないんじゃないか。お前が否定したがってる精霊説だって否定しきれてないじゃないか。燃やしきれなかった奴の魔法じゃ炎の精霊に瓶の中まで働いてもらえなかっただけじゃないか。お前の炎の術はたしかに他人と違うし強力だが、つまりは精霊により意図が伝わっているとも言えるだろう。たしかにお前の主張している魔力場説も肯定されてはいると思うがこれだけじゃわからんね」
やはりそう言われると思っていた。しかし今のところこの程度しかやりようはない。
「たしかにな、魔術の発生機構を解明しようとするお前の試みは悪くはないと思うが、それがどう役に立つ?大昔からの遺産の魔術体系だけでまあそれなりに生活できてるじゃないか。発動のためのこまごまとした手順1つ1つがどういう意味を持つかなんてもう忘れ去られてるさ。手順が違えば何かやっぱり違うんだろうが、それがわかってどうなるんだ?」
そこでようやく能弁な彼の口も止まった。沈黙が流れた。
「とか言いつつ興味自体はあるからこんな話につきあってるけどな。お前の術には何かしら空間術で使う動きが入ってる。それがこういう実験になるとよく違って出た、というのはまあ面白い結果だと思うな」
「ありがとう。それが聞きたかった」
「それにしても古代人はよくこんなよくわからない術を作りあげたな。今の世界じゃ誰も理解できやしないだろうけど。こんな2人じゃあ足元にも及ばない」
息苦しくなって窓の外を見た。吹雪はちょっとましになって、向かいの家が見える。明かりが消えたようだ。部屋のなかに目を戻せば暖炉の火も弱くなっていた。
いなずさ氏の誕生日祝いのネタがなくて書いた作品です。制限時間は2時間のつもりで書いたのですがどうもタイミングが悪く、2時6分から3時6分まで、15時46分から16時46分までの2回に分かれてしまいました。
制限時間があるため、とにかく昔考えたネタだけで書き始めた箇所がほとんどで、辻褄がちゃんとあっているのか非常に心許ないところもありますが、なにぶん小説なんぞ書いたのが数年ぶり?なので勢いでごまかせているかすら微妙でした。ラストをどうするか考えていませんでしたが、なんかむりやりキリをつけられたのではないかと。
内容に関しては説明が十分でない箇所が多いです。突っ込まないでくださぁい。一応昔ちょっと考えたネタなので「魔力場説」の構想は若干あったのですが、どうも詰めきれていません。提唱しておきながらよくわかっていないこと自体、この小説が作者のファンタジーの現状なのかもしれません。
なにはともあれいなずさ氏誕生日おめでとう。おかげさまで変ちくりんなの作っちゃいました。